例えば私がまだ10代や20代で野球をしていたとして、もしイチローのような選手に出会ったとして、私は一体、どういう選択をするのだろうか。
それは、その余りの圧倒されるまでの才能と努力とを目の前にしたときに、自分はこの道を専門としなくてもいいという、撤退の勇気の選択もあるのだという認識がでてきたということかもしれない。
たかだか4歳からピアノを始めたとして、そして15歳のときの彼女のその素晴らしいまでのピアノの演奏を聴いているとき、確かに彼女はまだ11年間という時間しかピアノに費やしてはいないのだけれど、果たして私がその同じ期間を費やしたからといって、同じ場所に到達できるのだろうか?
そう、今、その選択を迫られている気がする。
そして、その道を狭めることで、私の本来の道が広がる気がしてきた。