2010/09/14

掛け算における失敗もしくは無策

例えばAさんが、例えばBと言うプロジェクトが、例えばCが、本当にびっくりするくらい素晴らしくて、ほとんど何の汚点もなくて、普通の人からしたら、すごいなーってことだったとしても...

そう、世の中、足し算ではできていないのだ。

成長も、失速も、そのほか、色々なことすべてが、掛け算でできているから。


10考慮しなくてはならないことの内、9.9のことですべて満点を取れていても、残りの0.1が仮に0だったとしたら、その時点ですべてが泡の藻屑となってしまう。

まぁ、現実にはそこまですべてが不完全とはならないけれど、コンセプト的には、これが真実である。

というか、真実と真摯に認識しておいたほうが、リスクは減るんだと思う。私的に。

そしてこの感覚が近頃強くなってきているから、私はこの「ゼロのリスク」にものすごく敏感になってきているのだと思う。

人を見るときの判断もこれに近い。

と同時に、もちろん、「役割分担の必要性」は認識しているが、それがもたらす強み以上に、この「ゼロのリスク」が強ければ、その時点でゲームオーバーである。

この点がトレードと似ているかも。

今までコンスタントに儲けていたのに、ストップを設置しないというリスク管理が0点だったということで、ある時点で今までの儲けプラスそれ以上の損失をこうむることになる。

そしてこれは、ほとんどの人にとっては、それを体験した人で無い限り、納得できないことなのだ。感情的に。だって、ありえなさそうだから。美しい錯覚のほうが、汚らしい現実より心地よいから。

さて、「生活をする」ということを考える場合、やっぱりどう考えても「お金」はゼロとは考えられないテーマだ。そして私にとって、自動車の運転も。

私にはもう一人の主婦は必要ない。

私に必要なのは、創造性をお互いに高められる人なのだから。