最近の流れとして顕著なのは、私とプロジェクトやビジネス、その他の活動をしたいと言う人たちが増えてきたことである。
そしてその流れの中にいて、私が肝に銘じておかなくてはならないことは、決断は私がしなくてはいけない、と言うことである。
時間は限られている。
それは、私が自分の表現したい世界を作り上げるのに時限爆弾が存在していると言うことである。
なんでも受け入れるのではなく、それだからこそ受け入れる、というスタイルを貫き通さなくてはならない。
そしてそれはある意味、交渉のようなものだ。
私の条件を認めてくれれば、私は考慮するけれど、向こうの都合だけを言われて私ははいはいと動くことはない。
それは、その共有するであろう時間やスペースに限りがあるのは、あなたにとってだけではなくて、私にとっても、であるからだ。
私は金銭的に、他の平均的な人たちが体験しないような世界を小さい頃から体験してきたと思う。そしてそれは嫌悪したり罪悪感を感じたりすることではなくて、自分のリソースとして使えばいいだけの話だ。
この罪悪感があったため、多分、10年は周り道をしてきた感がある。でも、それももう終わり。はっきりいって、とてもせいせいするし、解放感がある。
今、ようやく自分の自由をかみしめ始めた。
おとといのホーリーとの話、私にとってのメタファーだった。そして彼女は今年、中国へ帰る。
一体、私はどこへ行くんだろう。