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真のリーダーの抱く夢-解説に代えて
社会起業家フォーラム代表 田坂 広志
リーダーシップの原点とは、何よりも、人々に対する共感、だからである。
真のリーダーシップは、必ず、人々に対する共感を原点としている。
「自己の願望」から発するリーダーシップは、「他者への共感」から発するリーダーシップとは、似て非なるものであり、その自己中心性と操作主義がゆえに、必ず壁に突き当たり、そこからは、決して、真のリーダーは生まれてこない。
千人の頭となる人物は、千人に頭を垂れる人物である。
すなわち、千人の人々のリーダーとなる人物は、千人の人々への深い思いと共感を持つ人物である。
優れたリーダーとなるためには、多くの優れた資質が求められるのではないか。
しかし、そうではない。
真実は、そうではない。
なぜなら、優れたリーダーの持つ優れた資質とは、実は、リーダーとなるための「条件」ではなく、リーダーの道を選んだ「結果」だからである。
人間である限り、誰もが「迷い」を持っている。「弱さ」を持っている。
では、優れたリーダーと評される人物は、いかにして、その「迷い」を捨て、「強さ」を身につけたのか。
我々がリーダーシップを論じるとき、まさに問うべきは、その問いであろう。
「原体験」
西水氏にとって、このナディアが、原体験となった。
このナディアという幼女の人生に対する、魂が震えるほどの深い共感。
その共感の原体験が、それからの西水氏の、すべての行動原理となった。
そして、そこから、西水氏のリーダーとしての成長の歩みが始まった。
では、「共感」とは何か。
それは、「自分の姿」を見る瞬間のこと。
今、目の前で悲しみ、苦しみ、孤独の中にある一人の人間。
それは、実は、自分の姿。
もし、この世に生まれてくるとき、何かがわずかに違ったならば、
自分がその境遇に生まれたのではないか。
ほんのわずかの偶然が、相手と自分の人生を分けただけではないのか。
されば、今、目の前にいる相手の姿は、自分の姿ではないか。
この世界の不条理の中で苦しむ一人の人間の姿は。実は、自分の姿ではないか。
我々がその思いを抱くときに、そこに、「共感」が生まれている。
そして、その意味での「共感」を抱くとき、我々は、歩み始める。
この不条理に満ちた世界を変えるために、思いを定め、願いを込め、一つの道を歩み始める。
そしてそれは、真実の瞬間。
それは、一人のリーダーが生まれた瞬間。
しかし、そのリーダーとは、多くの人々を導くリーダーではない。
それは、自分自身の人生を導くリーダー。
世界の不条理や社会の矛盾を前に、ただ黙し、目を背け、現実に流されていく人生ではなく、他の誰かに依存し、動かされ、主体を失って生きていく人生ではなく、自分自身の人生を、自分が導き、生きていく。
その一人のリーダーが生まれた瞬間。
そしてその一人のリーダーが、この社会の片隅で、思いを定め、願いを込め、一筋の道を歩むとき、
そこには必ず、その後姿を見つめている人々がいる。
そして、それらの人々の中から、必ず、また、一人のリーダーが生まれてくる。
そうして生まれてくる無数のリーダー。
自分自身の人生を導く無数のリーダー。
真のリーダーが求めるべきは、実は、その世界。
真のリーダーが求めるのは、無数の人々が、自分というリーダーに付き従うことではない。
真のリーダーが求めるのは、無数の人々が、自身の人生のリーダーとして生きていくこと。
そのことを理解するとき、我々は、著者が、本書の最後に、雷龍王の姿を描いた意図を知る。